>> つうしん


*ナキウサギつうしんの紹介


同時代を生きる…昆野安彦





昆野 安彦

 自宅の書棚に同時代社という東京の出版社が出した本が一冊おさまっている。内容が良いのは言うまでもないが,本の内容とともに強く私の心を惹きつけてやまなかったのは他でもない,その「同時代」という出版社の名前だった。
        *
 同時代・・・・いい言葉だなと思う。
どんなに長生きしても,人の命はせいぜい百年でしかない。今,同じ時代を生きている人々も,あと50年も経てば大方が入れ替わっていることだろう。
それならば,この同じ時代に生を受けたという幸運と奇跡に感謝をし,同時代を生きる全ての人と喜びを分かち合いたい――などと夢のようなことを時々考える。
       *
ところが現実の世の中は,必ずしも私の理想どおりにはいかない。それどころか,同時代を生きる人々同士の争いの方が多いのではないかと思えるのが今日この頃だ。
領土や宗教をめぐる国同士の争い。あるいは肩が触れた触れない程度の些細なことで始まる通行人どうしの大喧嘩。人と人との諍いのきっかけは大小さまざまなものがあるが,とにもかくにも当世の「同時代」を生き抜くのはなかなか大変である。
       *
「同時代」を生きるのが大変なのはナキウサギも同じだろう。ただし,この場合の同時代の相手は,無論われわれ人間のことである。
ナキウサギが大陸から北海道に渡ってきたのは,今からおよそ3〜4万年前の出来事らしい。日本人が北海道の開拓を行ったのがせいぜいこの200年間の出来事であることを考えると,北海道のナキウサギは渡来以来その多くの期間をおそらくは平穏に過ごしてきたはずだ。
こうしたナキウサギにとって「日本人」の登場はある意味で衝撃的であったはずだ。 もちろん,ヒトが生活していく上である程度の開拓はやむを得なかっただろう。ところが,この頃のナキウサギをとりまく状況はだいぶおかしい。
なくてもヒトの生活に一向に差し支えないと思える道路をナキウサギの生息地に作ろうとしたり。あるいはナキウサギの棲む静かな森のそばでカーレースを開いてみたりと。ナキウサギと同時代を生きようとすれば,いずれもヒトの方が少しだけ我慢をすれば済むことである。北海道の自然はヒトの欲求をすべて受け入れるほど懐は広くない。それどころか,いつ崩れ去ってもおかしくない脆弱さに満ちている。
       *
私はここで同時代を生きるという意味を今一度すべての人に思い起こしてほしいと思う。人と人との関係もそうだが,同時代を一緒に生きるナキウサギという小動物の生活に想いをめぐらすこと,共生の道を探ることがこれからはとても大切なことだと思う。
そのためには,何をしたらいいのか,あるいは何をしないのがいいのか。私自身も同時代を生きる意味を考えていこうと思う。


美しき,ノゴマのさえずり
(大雪山にて,筆者撮影)



 >> つうしん