1997年3月25日
要   望   書

文部大臣 小 杉  隆 様

札幌市中央区北3条西11丁目加森ビル6F
北海道自然保護協会内
ナキウサギふぁんくらぶ 
    代表  市 川 利 美
連絡先 Tel 011-281-3348   Fax 011-281-3383
 

1 私たちは、エゾナキウサギの保護と天然記念物指定を目指して活動しているグループです。エゾナキウサギは氷河期の生き残りといわれ、数万年前の氷河期に大陸から渡ってきてそのまま北海道の主に寒冷な高地で住み続けています。このエゾナキウサギが、今、大規模林道や観光道路などの道路建設や森林伐採などにより至る所で生存の危機にさらされています。
  そこで私たちは、1日も早くエゾナキウサギおよびその生息地のすべてが天然記念物に指定されることを要望致します。

2 エゾナキウサギは、以下の点から天然記念物指定の基準を充たしていると考えます。
 ・ 天然記念物に指定されるための《指定基準の第一》は、「日本特有の動物で有名なもの 」であることです。エゾナキウサギは、アジアに広く分布するキタナキウサギの一亜種で、日本にだけ(しかも北海道にだけ)生息しています。ですから、日本特有の動物にあたります。しかもナキウサギについては、分類が確定しておらず、世界の種の数も、一四種から二〇数種と確立した定説がないため、孤立した島で独自の生存を続けてきたエゾナキウサギは、将来一つの種となる可能性が全くないわけではありません。
  有名かどうかですが、エゾナキウサギは比較的最近までは一部の人にしか知られていませんでしたが、いまやその愛らしさと氷河期の生き残りとしての希少さから、全国的に存在が知られるようになり極めて有名といえます。
 ・ 天然記念物に指定されるための《指定基準の第二》は、「特有の産ではないが、日本著名の動物としてその保存を必要とするもの」であることです。仮にエゾナキウサギが特有であると認められないとしたとしても、この第二の基準をみたしています。
  まず、著名の動物であることは、前述のとおりです。
  また、保存の必要性ですが、ナキウサギは生息地が非常に限定される動物です。まず、■岩場であること、そして■生存のための適温が平均12℃前後とされることから(高温やワナに入ったまま日光が直接あたるところに置いておくと一時間ほどで死亡するという 注1)、夏でも涼しい冷涼な気候の地であること、さらに■綺麗な空気であること(さもなければ肺にカビがはえてしまうという。注2)が必要です。このような条件を満たすところはそう多くありません。
  そのうえ、エゾナキウサギはペアーで一定範囲の縄張りを持ちますが、(直径40m 70m注3)、体長15p前後のナキウサギの分散能力は低く、北アメリカに生息するアメリカナキウサギにとって、低標高地では300mほどの距離でも分散に対する障害となっていることが報告されています(注4)。ですから仮に縄張りが侵害された場合、他に移動して生き延びることは困難です。これまでにも、生息地が圧迫されることは即エゾナキウサギの減少につながることが確認されています(注5)。
  エゾナキウサギは、これまで帯広の動物園や研究機関で何度も飼育が試みられましたが、成功例はないことを見ても、生息地ごと保存する必要が高いといえます。
  では、ナキウサギの生息地で今何が行われているでしょうか。
  現在建設中の大規模林道、置戸・阿寒線および滝雄・厚和線はいずれもナキウサギの生息地を通過しますし、然別湖と士幌町を結ぶ道道「士幌高原道路」建設計画は、ナキウサギの一大生息地にトンネルを建設する計画です。
  ナキウサギは騒音、振動、排気ガスに非常に弱いため、道路、トンネルの建設、自動車の通過量増大はナキウサギの生息に重大な影響を及ぼします。鹿追町と然別湖を結ぶ道路沿いに有名な「千畳崩れ」という岩場があります。ここにはかつて複数のナキウサギが生息していましたが、今では姿がほとんど見られなくなりました。また、その道路の先、然別湖の湖畔に出る手前に近年作られた「湖畔トンネル」の上に確認されていたナキウサギは、トンネルができた後生息地を後退させたと報告されています(注5)。また、夕張岳のナキウサギは独立した個体群となっているので、森林伐採が行われれば、個体群の消滅も危惧されます。大雪山の森林部にいるナキウサギも、常に森林伐採の脅威にさらされ、然別湖周辺のナキウサギ同様、大雪山国立公園の中にいるから保護されているとはとても言えない状況です。
  エゾナキウサギの北海道全体の生息数は明らかではありませんが、生息環境が極めて限定され、少しの環境の変化でその地域の個体群が全滅する恐れがある以上、トキやシマフクロウのように種の保存に間にあわないような数になってから保護にのりだしたのでは、遅いのです。
  以上より、生息地も含めたエゾナキウサギ保護の必要は極めて高く、かつ緊急です。

 ・ 天然記念物に指定されるための《指定基準の第三》は、「自然環境における特有の動物または動物群聚」にあたることです。
  自然環境における特有の動物であることは、すでに 2で説明したとおりですが、付言すればナキウサギの生息地のほとんどが岩がゴロゴロしたガレ場や、そのような岩場の上に成立した森林です。ガレ場はナキウサギに敵がきたときの逃げ場、冬に備えて食べ物を蓄え貯食場などを提供しますが、そればかりでなく、ガレ場の多くは風穴といって岩の間から冷たい空気が出てくる所となっており、この環境がナキウサギに冷涼な気温をもたらしてくれるのです。
  ですから、エゾナキウサギは、大雪山や日高山脈の山の高い所に多いのですが、標高の低い然別湖周辺や、北見地方などにも生息することが可能なのです。
  特に然別湖周辺は、800mほどの標高に、高山植物や氷河期の生き残りであるカラフトルリシジミやナキウサギが生息しており、極めて貴重で特殊な環境といわれています(注6)。この然別湖周辺や北見地方など標高が低い所に住んでいるナキウサギについては特に、「自然環境における特有の動物」にあたるといえるでしょう。

3 エゾナキウサギを天然記念物に指定するべきであるという国民の声は日々高まっています。
  エゾナキウサギは、昭和23年に北海道教育委員会によって天然記念物の指定候補にあげられてから、そのまま50年間近く放置されたままになっていますが、この間に指定の必要性は弱まるどころか、前述のようにかえって高まってきています。
  北海道(保険環境部自然保護課)は、「エゾナキウサギは天然記念物に指定されてはいないが、その地史的、生態的側面だけから見ても学術的に貴重な動物であり、人間の精神的生活にとっても極めて価値の高いものと考えられる。」(注7)とその貴重さを強調しています。
  また、専門家からも指定を求める声があがっています。東大雪博物館の学芸員である川辺百樹さんは一九八八年に「ナキウサギを天然記念物に」という文章(注8)において、「…そこで私は、マンモス動物群の一員として渡来し、寒冷気候下で形成された地形に生息する南限のキタナキウサギをわが国における『北方要素』のほ乳類の象徴として、国指定の天然記念物とするよう提案したい。」と主張されているのです。
  エゾナキウサギについてその希少性、重要性から、もうすでに天然記念物に指定されていると誤解している国民が少なくありません。私たちが天然記念物の指定を目指して活動していると知り、驚かれる方が多いのです。
  然別湖の遊覧船にのると、「天然記念物のナキウサギ」と紹介されていますし、然別湖半の土産物で売られているテレフォンカードにも天然記念物と明記されています。その他書籍でも天然記念物と紹介されているケースは、いくつかあります。
  これらの事実は、国民の意識としてナキウサギが天然記念物に相応しいという思いがあることの証しといえるでしょう。
  私たちのグループはナキウサギが天然記念物に指定されることを目標に活動していますが、1995年7月からの1年半で、会員が全国に1350名を超え、日ごとにナキウサギの天然記念物指定を求める声は高まっています。
4 ナキウサギが1日も早く天然記念物に指定されることを強く要望します。
 最近、天然記念物指定がどの程度なされているかを調べてみると、哺乳類ではヤマネが1975年に指定されたのが最後で以後22年間何もされていないのです。これは何を物語っているのでしょうか。保護すべきものはすべて指定し終わったというのでしょうか。
  私たちはこれを、環境行政のひどい怠慢のせいだとか、他の省庁への遠慮、気がねゆえだとは、思いたくないのです。私たちが誠実にナキウサギと向かい合い、文化庁に働きかけをすれば、文化庁ではきっと本来行うべき仕事として真正面から取り組んでいただけるものと信じて、たくさんのボランティアの力で活動してきましたし、全国の会員たちもそれを信じて支援してくれています。
  ナキウサギの天然記念物指定を求める世論は、愛らしいナキウサギを守りたいという気持ちからだけではなく、私たちに氷河期からの生命の繋がりを感じさせるこの貴重な生き物の生存を、今の現代社会で途絶えさせるようなことがあってはならないという強い思いに支えられています。
  そして、ナキウサギを守ることは、私たちが大切に思っている大雪山国立公園の自然をよりよく保護していくことにもなります。
  どうか、この世論に耳を傾け、エゾナキウサギの天然記念物指定に向けて一歩ずつ前進していただけるように心よりお願い致します。

注1 川道武男著『ウサギがはねてきた道』(紀伊國屋書店)P125
    小野山敬一著「エゾナキウサギの生活」P101((社)
    北海道自然保護協会 編集・発行 『北海道自然保護読本』)
注2 川道武男著『ウサギがはねてきた道』(紀伊國屋書店)P125
注3 小野山敬一著「エゾナキウサギの生活を追って」 P262
注4 『野生動物分布等実態調査報告書 
    −ナキウサギ生態等調査報告書−』P52
    (北海道保健環境部自然保護課 )
注5 小野山敬一著『エゾナキウサギ保護の現状と問題』
    (北方林業 1996 Vol.48 No2)
注6 佐藤謙著『士幌高原の自然は極めて特殊である。』
    (・北海道自然保護協会・会誌 『北海道の自然』第32号)
注7 注4に同じ  P52  
注8 川辺百樹著 『ナキウサギを天然記念物に』
    (日本自然保護協会・会誌 No317 ) 



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