私たちは、日本では北海道にしか生息していないエゾナキウサギの保護活動を行っているグループです(創立1995年。会員2400名)。

私たちは、エゾナキウサギの保護の立場及び大規模林道事業自体の問題点より、平取えりも線様似・えりも区間の建設計画の撤回を求めます。


一 様似・えりも区間に対するエゾナキウサギからの評価

1 エゾナキウサギの保護の必要性

エゾナキウサギは、3.5〜4万年前のウルム氷期に大陸から北海道に渡ってきて、その後氷河が北へ後退した後も大雪山系、日高山系を中心とする山岳地帯に生き残ったので、「氷期の遺存種」といわれています。生態的によく似たアメリカナキウサギ同様、生理的に高温・排気ガスに弱く、移動能力も低いと考えられ、生息地の破壊はもちろんですが生息地の分断によって大きなダメージを受けることが危惧されます。日本の哺乳類学会のレッドデータにおいても、エゾナキウサギを「希少」にランクして、生息条件の変化により容易に絶滅する恐れがあることを警告しています(これは定義からいうと環境庁のレッドデータの『準絶滅危惧種』に該当するものです。)

2 当該地域のナキウサギ生息地の特徴

エゾナキウサギの北海道における分布は、北海道の中軸部の山岳地帯つまり日高山脈・夕張芦別山系・大雪山系に限定されています。また、生息環境としては岩塊地(岩が積み重なったところ.岩塊斜面あるは岩屑堆積地ということもある)という特殊な立地が不可欠であることから、山岳地帯のごく限られた所にしか生息していません。

日高山脈におけるエゾナキウサギの分布域は、南限をえりも町の追分峠付近のオキシマップ山とする約140kmにおよびます。ただし、日高山脈のどこにでも分布するというわけではなく、楽古岳以北では本種の生息地は標高1000m以上の稜線部にあるのが一般的です。これに対し日高山脈の南端部では本種の生息地は低標高地にあります。例えばアポイ岳の南側山麓の幌満(様似町)の生息地は標高50mであり、大規模林道の当初のルートとされていた登りの沢の生息地は標高100mです。

寒冷な気候に適応して生きているといわれているナキウサギの生態を解明する上で、様似・えりも区間周辺のナキウサギ生息地は、低い標高にあるナキウサギ生息地として学術的に極めて貴重な存在なのです。


3 大規模林道が及ぼすであろうエゾナキウサギへの影響

(1) 生息地の破壊

大規模林道建設により本種の生息地が直接破壊されるということは無論あってはなりません。本ルートによって影響を受けるナキウサギ生息地の範囲は計り知れません。

緑資源公団、林野庁は、予定ルートを大きなナキウサギ生息地がある登り沢林道から町道チャツナイルートに変更したので、ナキウサギへの影響はないと断定し、昨年工事を再開しました。しかし、私たちが今年6月8日に調査したところ、新ルート上にも生息地があることがわかりました。これは、何よりも平成13年度のアセス結果の信憑性を疑わせます。専門家が時間とお金をかけた調査で生息地はないと結論を出したわけですが、私たちが限られた予算と時間で調査したところ、新ルート上に簡単に見つかったのです。専門家はどのような調査をしたのでしょうか。この調査のあり方への疑問は他の野生動植物全体の調査についてもいえることです。


(2) 生息地の分断

さらに、そもそも大規模林道平取・えりも線全体が、ナキウサギ生息地を大きく分断するといえます。日高山脈の南端を東西に長く延びる平取・えりも線は、カールをはじめとする日高山脈の主稜線上のナキウサギ生息地と、それより南でかつ標高が低いところにある生息地を大きく分断します。南限に近く、しかも標高が低い場所の生息地ではナキウサギが安定して生息するのは難しいため、ナキウサギを継続的に補給できる大生息地、日高山脈の主稜線の生息地と?がっていることが必要なのです。

大規模林道は生息地を分断することによって、林道南のナキウサギ生息地の存続を脅かします。


(3) ナキウサギへの影響(結論)

大規模林道は、日高山脈南部の低い標高にある貴重なナキウサギの生息地を破壊、分断し、増加する交通量によって排気ガス、騒音、振動、交通事故がもたらされ、ナキウサギの生存に大きな脅威を与えます。

前述のように平成13年の緑資源公団の野生動植物調査は極めて不十分であり、今後調査を継続すればまだまだ影響を受ける生息地が出てくるでしょう。ルート変更をもってナキウサギに対する問題はなくなったとする緑資源公団の判断は、不当であり、大規模林道建設はナキウサギ生息地に大きな影響を与えますから、即刻中止すべきです。


二 様似・えりも区間に対する生物多様性条約と森林・林業基本法からの評価

2001年に森林・林業基本法が成立しましたが、これは1993年の生物多様性条約締約を受けての国内法令の整備の一環でした。この法律では森林の多面的機能の持続的発揮として「自然環境の保全」が明記されたのです。これはこれまでの生産一辺倒の林業基本法からの大きな転換を意味しています。したがって、古い時代に計画された大規模林道は、生物多様性の保全という新しい概念の元で慎重に吟味されなければなりません。

(1)

略 (希少動物保護のため)

(2) その他の希少種について


林野庁は様似・えりも区間は道路幅を5メートルにしたのだから、自然破壊の程度は少ないといいます。たしかに、通常見られる未舗装の林道であれば、まだ、自然破壊の程度は少ないといえます。しかし、大規模林道の場合にはたとえ道路幅が5メートルといっても、勾配があるところを大胆に法面を削りコンクリートで固めていくのですから、道路の両脇も合わせると10メートル、20メートル幅で林が壊され芝が吹き付けられたり、コンクリートで固められたりするのです。まさに「大規模自然破壊道路」以外の何ものでもありません。

生物多様性条約の締約国であるわが国としては、このように希少な種が多い地域は、開発ではなく保護地域として生態系をまるごと保全していくべきでしょう。


(3) 大規模林道の必要性

1) 合理的目的はあるのか

そもそも、大規模林道建設の目的はなんでしょうか。

根拠となる林野庁の「大規模林業圏開発計画書」が、計画策定からわずか5年後の1978年に破棄されています。だから、林道建設のそもそもの必要性とルート選定の経緯は、林野庁自体がわかっていないのです(北海道新聞1997年2月4日朝刊)。根拠なく進められている事業に、私たちはお金を出す必要があるのでしょうか。事業の三分の一にあたる財投資金は関係する道、県と受益者が返済することになっているそうです(北海道新聞1996年11月28日朝刊)。受益者の分は町が負担するので、結局、道民、町民が巨大工事費を負担するわけです。

平取・えりも線の期中評価資料によっても、この目的は不鮮明です。この道路完成により林業がどう栄えるかという記述は弱く、せいぜい、周辺森林から林産加工施設や森林総合利用施設への輸送ルートになるという記述があるだけです。しかし、これらの施設は主に海岸沿いの国道施設にあるのですから、山と海岸を結ぶ道路があれば足りる、つまり今ある道路で足りるわけです。大規模林道は奥地をつなぐ道路なので、こうした施設には関係がありません。

次にいわれているのが、山村集落の地域の交通ネットワーク形成ということです。しかし、これは具体的に何を意味するのでしょうか。地域の交通はわざわざ山奥の大規模林道を使う必要があるとは思われません。なぜなら、多くの集落は、海岸の国道沿いに長く伸びていますし、内陸地にある集落にはすでに立派な道がついているので、あらたに山奥に大規模林道を作ってもどのような目的で利用するかが定かではないのです。

これまで様似町、えりも町でさかんに言われていたのは、台風や大雨のときのう回路ということです。特に、えりも町の目黒の集落が陸の孤島になるとひきあいにだされますが、道路図を見ると、目黒からは、危険な黄金道路を避けて、内陸を通って庶野へ出ることができますから、問題があるように思えません。

しかも、林野庁の資料によると、平成12年評価時に記載されていたこの災害時のう回路という目的は、今回トーンが落ちていて、「高潮時」等の迂回路と飲み書かれています。これは今年夏及び秋の台風、地震の際に山奥が荒れて、台風、大雨のとき大規模林道はかえって危険だということが周知になったためでしょう。

少し古いのですが、北海道新聞「読者の声」欄(1998年7月28日)には、地元様似町民の以下のような投書がありました。

「ここに暮らす僕は、地元でなぜ大規模林道工事促進要求の声があがるのかも理解できる。しかし、山を開き、がけを削る道路作りが、長雨の度にさまざまな弊害をもたらすのを、僕たちはこの海岸部でも目にすることができる。平取からえりもの間の傾斜のきつい、山あり谷ありの山中で、山を崩し谷を埋めて、原則7メートル幅の道路が作られたらどうなるだろうか。そこは生き物たちが生きている。山と川と海はつながっているのだ。」

さらに、1999年2月23日の同欄では、「工事の休止が解かれて大規模林道ができたとしても、天候次第で両方とも通行不能になる可能性は否定できないと思う。う回路を作るなら、自然の流れに沿った既存林道の整備利用の方が、環境にも地元にも負担が少ない。」と言う声が紹介されています。

林野庁は今回、迂回路としての必要性を、高潮時という、山奥でもそう危険性がないときのみに限定したのですが、実際にはえりもの黄金道路や様似町付近の海岸の国道には立派なトンネルがいくつも完成していて、現在も工事が続けられていますから、高潮のために迂回する必要も今後はなくなるでしょう。

そもそも、林野庁が進める大規模林道はあくまでも林道目的であるべきところ、林業は停滞しもはや道路の必要などなくなっています。林野庁は林業を栄えさせる努力は放棄しつつ、道路作りに固執している、これは本末転倒でしょう。大規模林道に林業促進以外の目的をもたせ、とりわけ近隣市町村に大規模林道ができれば町が栄えるという幻想を与えつつ進めるこの事業は、欺瞞に満ちています。


2) 既存林道で足りるではないか

私たちはこの夏から秋にかけてだ規模林道予定ルートを小まめに見てまわりました。そこで、驚いたのは、予定ルートとされているところは、近くにすでに道々などの他の立派な道路ができているか、または、未舗装の既存の林道が縦横に走っていることです。既存の林道は未舗装で幅も4〜5メートルですから、自然破壊の程度は少ないのです。ですから、何も巨費を投じて大規模林道を作る必要はないのです。私たちも今回様似・えりも区間の林道をゆっくり歩いてみました。大規模林道のためによく整備されていて、たいへん気持ちがいい道路でした。しかし、一般的に既存の林道は整備されていないところが多いようです。他の区間では、雑草、雑木、倒木で、車での進入が困難になっていました。つまり、実際には、縦横に林道がありながら、使われていないのが現状なのです。今でさえ使われていないのに、これからますます林業が衰えた段階で誰が使うと予想しているのでしょうか。

その建設費用はどぶに捨てずに、あるいはゼネコンにむざむざ渡さずに、わが国の林業再生のために使って欲しいのです。


(4) 結論

このように、合理的な目的がなく、貴重な自然、生物多様性、生態系に大きな影響を与える大規模林道は建設を中止すべきであり、林野庁は、森林の環境保全機能を追及していくべきです。


三 最後に − 2日前の生息地破壊について

1 生息情報の通知

ところで、問題はこれだけではありません。私たちが今年8月、帯広市で開催された大規模林道事業見直し検討委員会の意見聴取会で、様似えりも区間の新ルート上で新たなナキウサギ生息地を見つけたことを公表したところ、緑資源公団から再三ポイントを教えてほしいと問い合わせがありました。9月22日には緑資源公団北海道建設本部部長の柴田氏自らが私の勤務先を突然に訪問されポイントを教えて欲しいといわれました。この件については、他の自然保護団体とも連絡を取り合い、緑資源公団とは情報はオープンにした上で是非を検討しあっていく姿勢が大切であると考えたので、ポイントを示したマップをお渡ししたのです。情報をオープンにするとしても、私たちとしては再度調査してから公表したかったのですが、柴田氏からそのときどうしても教えて欲しいと懇願されたのでお知らせしたのでした。

2 生息地破壊の事実

二日前に(10月12日)同じポイントを調査に行って、私たちは驚きました。その生息地はトドマツの林床にありましたが、トドマツが間伐されていました。切られた細木が散在し引きずられ、岩が動かされ、生息地全体がひどく荒れていました。もっとも驚いたのは、ナキウサギが巣穴や貯食に使うのにちょうどよい岩の下の隙間に「土」が押し込められ、隙間がふさがれナキウサギが全く出入りできなくされている場所が何箇所もあったことです。なぜ土で人為的に埋められたとわかったかというと、林床全体はもちろんですが、隙間がまだ残されている岩の下は乾いていてそこに乾いた松の葉や落ち葉がのっているのに対して、問題の岩の下は、土が濡れたように黒々していて不自然だったのです。そうした岩は簡単にもちあがり、その下にも黒土が埋まっていました。しかも、土をそっとよけると、そこにフッキソウの緑の葉が埋まっていました。つまりフッキソウの根ごと黒土を運んでそこに生えているようにしたのですが、急いだのか、茎の下部の葉も土で埋めてしまったようです。土の新しさや間伐の切り口の新しさから、この作業は数日前になされたとわかります。

3 疑念

ナキウサギのファンであるといわれた柴田氏がまさかこのようなことを指図したとは思いたくありませんが、この場所は道路にゲートがあるのでだれでもが入ることができる場所ではありません。ナキウサギ生息地と公表した場所で、わずか短時間で、しかも、期中評価委員会が開催される直前にこうした事態がおこったことと、柴田氏が早急にポイントを知りたがった事実からは、残念ながら一つの答えしか導くことができません。仮にこれが大規模林道建設を促進するためになされたことだとすると、逆にそこまでしなければ建設が進められないこの事業の問題点が浮かび上がってくるのではないでしょうか。

←TOP     |     2003年へ     |     活動日誌一覧へ