私たちは、エゾナキウサギの保護と天然記念物への指定を目指して活動している団体です(全国の会員は、現在2582名)。私たちは下記のことを要望致します。


第1 要望事項

エゾナキウサギは、数万年前の氷河期に大陸から渡ってきてそのまま北海道の主に寒冷な高地で住み続けていることから、「氷河期の生き残り」とも呼ばれている希少な動物です。

私たちは、エゾナキウサギが国の天然記念物としての価値を有し、その指定を求める世論が高まっていることから、1997年3月25日にも小杉文部大臣に要望いたしましたが、いまだに指定が実現しておりません。

そこで、このたび、エゾナキサウギの天然記念物指定を要望する署名4万3433筆を集めましたので、提出いたします。これは、エゾナキウサギの天然記念物指定を求める全国の国民の切実な声です。どうか、私たち国民の声に耳を傾けていただき、一日も早く指定を実現くださいますよう要望いたします。


第2 要望の理由


1 「史跡名勝天然記念物指定基準」の充足


エゾナキウサギが、「特別史跡名勝天然記念物及び史跡名勝天然記念物指定基準」を充たしていることについては、前記1997年の要望書においても詳述しましたが、概要を再度説明致します。

上記基準によると、天然記念物とは、「左に掲げる動植物及び地質鉱物のうち学術上貴重で、わが国の自然を記念するもの」をいい、動物の場合の基準は下記のとおりです。

エゾナキウサギが学術的に価値が高いことについては、北海道も、「エゾナキウサギは天然記念物に指定されてはいないが、その地史的、生態的側面だけから見ても学術的に貴重な動物であり、人間の精神的生活にとっても極めて価値の高いものと考えられる。」としています(1991)。

次に、(一)の基準ですが、エゾナキウサギは、キタナキウサギの1亜種ですが、サハリンにいるものとは異なる亜種とされています。氷河期(ヴュルムT期)に北海道に渡ってきてから北海道の主に山岳地帯に取り残された「氷期の遺存種」であり、まさに「日本に特有」の動物といえます。

また、エゾナキウサギは、ヒグマ、シマフクロウなどとならんで北海道を代表する動物の一つとなっており、「著名」であることはいうまでもありません。

例えば、環境省のホームページにおいても、「残したい日本の音風景百選・大雪山国立公園の「大雪山旭岳の山の生き物」において、「氷河期の生き残りといわれる珍しいナキウサギの声」が紹介されています。

また、林野庁北海道森林管理局の『緑の回廊』のパンフレットにおいても、「大雪・日高緑の回廊」における代表的な生物として、エゾナキウサギ、エゾオコジョの2つの動物が選ばれています。その他、エゾナキウサギが北海道、とりわけ大雪山系や日高山脈における代表的な動物であることを示すホームページ、写真集、書籍などは数え切れないほどです。

次に(二)及び(三)の基準についてですが、エゾナキウサギが(二)の「保存を必要とする動物であること及び(三)の「自然環境における特有な動物」であることについては、エゾナキウサギの生態と生息環境の特殊性から明らかであるといえます。

そこで、これらの点について以下、項を変えて説明致します。


2 保存が必要な動物 - エゾナキウサギ

(1) 生息環境の特殊性

エゾナキウサギの主な生息地は、北見山地、大雪山系、日高山系、夕張山地などの山岳地帯で、北海道全体の面積の約1割の地域にしか分布していません。これは北海道の陸生哺乳類としては非常に狭い分布域となります。

しかも、ナキウサギが生息可能なのは、岩が堆積した岩塊地です。岩塊地はどこにでもあるわけではなく、上記分布域の中でもさらに限られた場所にしか存在しません。そして、岩塊地は小面積のものが点在していたり連続していることも多く、実際にナキウサギが生息する岩塊地の総面積は上記分布域の数パーセントしかないことが推測されます。つまり、エゾナキウサギの分布は極めて狭い上に、その生息密度も低いのです。

(2) ナキウサギの生態的な特徴

【貯食と鳴き声】

エゾナキウサギは、ウサギであるにも関わらず特徴的な鳴き声でコミュニケーションをとること、また冬期間に食べる植物を、秋の間に刈り採り岩穴に貯める「貯食」という習性を持つことなど、他の動物に見られない行動、生態をもっています。学術的に貴重である理由の一つです。

【高温に弱い】

さらにエゾナキウサギは、寒冷な気候に適応してきたためか、生理的に高温に弱いとされています。(芳賀 1958,小野山 1991)アメリカナキウサギの研究では体温が一度上がっただけでも死亡するといわれています(Andrew.T.Smith 1974)。岩塊地の岩穴の温度が外気温より低いことも、ナキウサギが岩塊地を必要とする理由だと考えられます。ナキウサギが生息する低標高の岩塊地において、地下に永久凍土や季節的凍土が形成されていて、夏でも岩のすきまから冷風が吹き出す「風穴(フウケツ)」現象がみられることが多くあります。こうした風穴の周囲にはコケモモやイソツツジなどの高山植物も多くみられます。これらの関連性は学術的にも重要であり、今後さらに研究が必要だと考えられます。

【繁殖率と生存率の低さ】

エゾナキウサギの繁殖率と子ウサギの生存率の低さも、ナキウサギの保護を考える上で重要です。エゾナキウサギの出産は1年に1回、ときとして2回ありますが、1回の産子数は2〜4です。エゾナキウサギは出産時、少しの刺激でも流産するといわれ(芳賀 1958)、繁殖率はとても低いと考えられます。

また、エゾナキウサギのこどもは生まれた年の夏の終わりには親のなわばりを出て、新たになわばりを確立する必要がありますが、前述のように岩塊地は極めて限られているため、なわばりの確立には多くの困難が伴います。子ウサギが分散するのは気温が高い夏の終わりですが、強い陽射しと天敵を避ける岩穴がない場所を長距離移動するのはとても危険です。しかも無事たどり着いても、貯食して冬を乗り切るのはさらに厳しいことです。このように試練が多いため、子ウサギの生存率はとても低いと考えられます。直接のデータはありませんが、アメリカの研究例からもそう考えられます(Andrew.T.Smith 1974)。

【排気ガスに弱い】

また、エゾナキウサギが排気ガスに弱いことはダウリナキウサギで知られています。また、南極のペンギンを飼育すると、肺にアスペロギロシスというカビが繁殖してそれが死亡原因となりますが、エゾナキウサギも飼育下ではこのカビに肺が侵されるといわれています(川道 1994)。山奥の澄んだ空気の中にいるナキウサギは菌に対する抵抗力が弱いのでしょう。

(3) 絶滅しやすい動物

以上のように分布範囲が狭く分布密度が低いこと、繁殖率が低く子ウサギの生存率が低いこと、さらに生理的に高温・排気ガス・ストレスや環境の変化に弱いことなどから、エゾナキウサギは、自然現象によっても開発行為によっても、とても絶滅しやすい動物だといえます。

エゾナキウサギが保存が必要であることは、その生態と生息環境の特殊性からだけではなく、現在、現実に開発行為や地球温暖化が生息への脅威になっていることからもいえるのです。


3 ナキウサギに迫る危機〜開発と温暖化

(1) 開発行為による脅威

これまでナキウサギの生息地に対する開発行為は、世論の力で押し止めてきました。「士幌高原道路」(道道士幌然別湖線)や「日高横断道路」(道々静内中札内線)などです。

現在、ナキウサギにとって大きな脅威となっているのは、林野庁が建設を進めている大規模林道(「緑資源幹線林道」)の建設や、生息地での自動車ラリー、そして森林伐採です。これらは生息地を破壊したり、分断したりするので大問題です。道路による生息地の分断は、交通事故の危険も加わり子ウサギの分散を困難にします。さらに、生息地の分断により遺伝的交流が妨げられると、特定の病気や気候の変化などで一気に絶滅に向かう危険性があります。

エゾナキウサギの生息地は主に国立・国定公園内なので、保護は十分であるという意見もありますが、それは、実態に反します。国立公園内といっても、大雪山国立公園の中に計画された「士幌高原道路」や、日高山脈えりも国定公園内に計画された「日高横断道路」は、ナキウサギの生息地を大きな影響を与える計画でした。

国立・国定公園内でさえ保護されていないのですから、公園でない場所ではなおのこと、生息地における開発はあとを絶たないのが現実です。


(2) 地球温暖化による脅威

地球温暖化による影響も深刻です。温暖化が進むと、400メートル程度標高があがった場所の気温が現在の気温に相当するといわれています。エゾナキウサギの垂直分布が現在の気温によって決定されているとすると、温暖化により生息地の垂直分布も400メートル上昇して、生息地の20%もが消失してしまうといわれています(川道)。生息地が山の頂上部に限定され、エゾナキウサギは山ごとに孤立し、絶滅しやすくなります。

近年の研究例でも、アメリカの中国新疆ウイグル自治区に生息するイリナキウサギは、10年前に生息していた14地点の内6地点しか生息が確認できませんでした(Li Wei-Dong and Andrew.T.Smith 2005)。また、アメリカのグレートベイスンでは、アメリカナキウサギ(Ochotona princeps)の25の個体群が消失していました(Beever et al. 2003)。グレートベイスンの孤立した山々の頂上に生息している哺乳動物が、地球温暖化によってその生息域を生息場所が少ない標高の高い場所まで追い上げられ、その結果、広範な種の絶滅がもたらされた結果だと考えられています。同様に、カナダのユーコンでは、クビワナキウサギ(O.Collaris)が異常に積雪が少なかった暖冬が続いたため激減していました。

一般に、岩場住まいのナキウサギは草原住まいのナキウサギと比べて、生息密度が低い上に繁殖率も低いので、個体群の絶滅に対して非常にもろいといわれています((Li Wei-Dong and Andrew.T.Smith 2005)。岩場ずまいであるエゾナキウサギにとって、上記の例は決して他山の石ではないのです。


4 文化庁の制度の運用方針にも適合

以上のように、エゾナキウサギは天然記念物指定の基準を十分満たしているのですが、さらに、平成17年4月26日付「文化財保護法の一部改正に伴う制度の運用方針等について(通知)」の考え方に立つときは、エゾナキウサギこそ、まず指定されるべき動物であるといえます。

運用方針の「第3 文化審議会への諮問対象候補に係る情報提供について 2 情報提供に関する考え方」では、天然記念物については、上記指定基準を前提とした上で、近年、主として、「学術的に価値が高く、わが国の歴史、文化の形成に寄与し、郷土の遺産としてその価値が高い動物、植物、地質鉱物であり」、かつ、「わが国の国土の成り立ちを知る上で欠かすことのできない、日本列島の地質構造及び動物、植物相の成立を示すもの」、または、「南北に長い我が国の自然の特性を理解する上で欠かすことができず、地域文化形成の舞台となった風土的な特性を示すもの」に関する指定を行なってきたとあります。

エゾナキウサギが学術的に価値が高いことについては、前述のとおりですが、氷河期の遺存種であるエゾナキウサギは、まさに、「わが国の国土の成り立ちを知る上で欠かすことのできない、日本列島の地質構造及び動物、植物相の成立を示すもの」といえます。東大雪博物館の学芸員である川辺百樹さんも、1988年に、「私は、マンモス動物群の一員として渡来し、寒冷気候下で形成された地形に生息する南限のキタナキウサギをわが国における『北方要素』のほ乳類の象徴として、国指定の天然記念物とするよう提案したい。」と主張されているとおりです。


5 公益との調整

文化財保護法111条は、天然記念物の指定に際しては、国土の開発等公益との調整が必要である旨明記されています。このため、「公益が優先するのだから、天然記念物に指定すると開発の妨げになるときは、指定しなくともよい」という主張がされることがあります。

しかし、エゾナキウサギの生息地の一部は、国立公園、国定公園、鳥獣保護区内にあります。また、それ以外の生息地も多くは、国有林や道有林内にあることが多いといえます。国立・国定公園においてエゾナキウサギのような希少野生動物を保護することは、まさに公益にかなうことです。開発計画があっても、国立公園の自然を大きく損ねるような開発は、よほど公益性が強く他に手段がない場合しか認められるべきでないことは明らかです。

また、国有林、道有林においては、近年、森林のもつ公益機能が重視されてきています。エゾナキウサギの生息地を守ることは、森林の重要な一部である希少動物と風穴や高山植物などを守ることにもつながり、まさに「大きな公益」であるといえます。

以上のように、ナキウサギ生息地を保護、保全することこそが、公益にかなっているといえるのですから、エゾナキウサギを天然記念物に指定する際、公益との調整は妨げにはなりえません。このことは、生物多様性の趣旨をからも明らかです。


6 指定を求める世論

前述の「士幌高原道路」建設計画は、1999年建設中止となりましたが、これはナキウサギ生息地を含む、原生的な自然を守りたいという大きな世論の圧力があったからです。日高横断道路計画もまた、2002年に建設が凍結されましたが、理由は同じです。

私たちは、エゾナキウサギの天然記念物指定を求める署名活動を2年間おこない、現在のところ4万3000筆を超える署名が集まっています。今後も署名数と指定を求める声はさらに全国に広がっていくことでしょう。エゾナキウサギがいまだに天然記念物に指定されていないことに驚く人は実に多いのです。

エゾナキウサギの天然記念物としての指定は、多くの国民の願いです。繰り返しになりますが、どうか、私たち国民の声に耳を傾けてくださいますようお願いいたします。

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