日本森林生態系保護ネットワーク
代表 河野昭一
十勝自然保護協会
共同代表安藤 御史
松田 まゆみ
佐藤 与志松
ナキウサギふぁんくらぶ
代表 市川 利美

1 要望事項

次に述べる理由から、美蔓地区国営かんがい排水事業の即時中止・凍結することを要望する。

2 要望の理由

本事業は、事業策定から17年が経過しており、事業規模は当初計画の半分以下となっている。また事業効果について疑問が大きいため、2009年11月の行政刷新会議による事業仕分けにおいて、「20%の縮減」の判定を受けた。さらに、2010年度事業費についても、帯広開発建設部の要求額70億円が、60%カットの28億5000円に削減された。

下記に詳論するように、本事業は事業効果が疑わしいのみならず、貴重な自然への脅威となっているから、事業の継続については、根本的に見直すべきである。

しかしながら、帯広開発建設部は、ナキウサギやシマフクロウの生息地であるペンケニコロ川沿いの工事を今年6月から本格的に着工するとしている。

見直すべき事業と判定されているのであるから、貴重な自然破壊になる工事着工は中止すべきである。

ナキウサギにとって6月は、交尾、出産の季節である。騒音、振動、排気ガス、ストレスに弱く、産子数も少ないナキウサギの生態を考えると、この時期の本格的工事着工は、認められるべきではない。

帯広開発建設部は、ナキウサギについて複数年にわたり環境調査をおこなってきているが、あえて、6月を工期として着工を急ぐことは、環境調査そのものが意味のないものであったことをあらためて示すものである。

以下、詳論する。


(1) 必要性がないダム(頭首工・貯水池・導水管)計画

当初計画(平成5年)と比べると、受益地の自治体数は5町から新得町が抜け、4町になった。17年前と比べると受益面積は9300ヘクタールから4000ヘクタールに半減し、受益戸数も417戸から215戸に半減している。貯水量も630万立方メートルから30万立方メートルと、20分の1以下になっている。もともと必要なダムではなかったことが、新得町の農家の「必要な水はある」という言葉(北海道新聞・2009年10月22日)によって裏付けられる。結局は開発局のための事業であることが強く推認される。

農業用水の不足の実態は、不明のままである。本事業のうち、現在進めている畑灌漑事業については、受益農家は116戸にすぎない。灌漑工事費用の総額270億円を一戸あたりに換算した費用(投じられる税金)は2億3000万円と、信じがたいほど巨額である。

さらにこのほかに道や市町村の負担も大きい上に、受益農家のうちどれだけの農家が高額なスプリンクラーを実際に設置し水を利用するかも不明である。


(2) ナキウサギの貴重な生息地を破壊

キタナキウサギの亜種であるエゾナキウサギは、氷期の遺存種として、キタナキウサギの分布域の南限に生息し、特異なすみ場所・貯食習性などの生態からも学術的にも非常に貴重であることが認められている。

エゾナキウサギの交尾期は5月から6月で、出産は6月から7月である。産子数は2〜4と少ない。子は7〜8月、親に追い出されて分散していくか、あるいは雄は父親を雌は母親を追い出して、親のなわばりに定住する。分散していった個体は、なわばりをもった成体が死亡して空きになったところに定着し、翌年、繁殖に参加する。このようなことから、エゾナキウサギの保全のためには、5〜7月、及び子が分散する7〜8月は特に周辺での工事を避けるべきである。

1999年、中止となった道道士幌然別湖線の建設が問題となったときも、トンネル開削によるナキウサギへの悪影響、騒音、振動、排気ガスといった直接的な影響だけでなく、気象の変化、地下水の変化、風穴植生の破壊、カラフトアカネズミなどの侵入による群集構成の変化などが大きな問題とされた。これらを一言で言えば生態系の破壊である。仮に事前に周到な影響評価をしてもなお生態系への影響は予測できないところがある。したがって、特に脆弱な自然は開発しないことが基本となるとなることがいわゆる士幌高原道路を中止にしたときの北海道民、北海道の自然を愛する日本国民の合意事項だった。

(以上、小野山敬一「エゾナキウサギの生活を追って」(1993)、小野山敬一 「エゾナキウサギの保護の現状と問題」(1995)参照)

ペンケニコロ川一帯の複数のナキウサギ生息地は、低標高地のナキウサギ生息地として貴重である。保全策として「日除けの設置と、代替生息地の創造」などが謳われているが、帯広開発建設部の保全策をナキウサギの生態を無視したまやかしの保全策にすぎない。

なお、帯広開発建設部は、本地域においてナキウサギを見たことがなく貯食も春から初夏にかけて少量確認されるのみであるから、定着個体群は存在しないと断定しているが、これは極めて乱暴な主張であり、春から初夏にかけて貯食の意味の解明、この低い標高のナキウサギの生態の解明を放棄した非科学的な主張といわざるを得ない。


(3) 貴重な自然を破壊する恐れ

大雪山国立公園、日高えりも国定公園に近く、緑の回廊にも接する地域で、絶滅危惧種(シマフクロウ・クマタカ・イトウなど)の生息地でもある。

本工事及びその後の河川水量の減少によって、ペンケニコロ川の生態系及び上記動物の生息に大きな影響を与えることが懸念される。

<シマフクロウ>
IUCN(国際自然保護連合)のレッドリスト(2000年)で絶滅危惧種(Endangered)、環境省のレッドデータブック(2002年)で絶滅危惧種(Critically)に指定されている。本事業周辺で環境省が保護増殖事業を行っている。
<クマタカ>
環境省のレッドデータブック(2002年)で絶滅危惧種(Endangered)に指定され、周辺に2番(つがい)が生息している。
<イトウ>
環境省のレッドデータブック(2003年)で絶滅危惧種(Endangered)に指定され、産卵床が確認されている。

←TOP     |     2010年へ     |     活動日誌一覧へ